母は自己愛性人格障害?

自己愛性人格障害と思われる母親の存在を心の中で小さくするために始めてみました。

自分の存在が許されていない感覚

自分の身近な家族や、友人などからは受け入れられていても、また、実際に今現在、モラハラパワハラ、いじめなどに遭ったりしていなくても、私の中に「自分の存在が許されていない感覚」があることを感じています。

 

本当に、悔しいけれど母親の存在は大きいんですね。

 

母親に、自分の存在を喜ばしく受け入れられていない感覚イコールこの世界に受け入れられていない感覚になってしまうから。

 

これは身体に染みついてしまった感覚なので、ゆっくり、じっくりほぐしていくしかないかな、と思っています。

 

頭では、人としての母親を等身大に見て、この人に受け入れられなくても仕方ないな、と理解できているので…。

 

子供時代から同じ身体で生きてきているから、身体の感覚として怖がっている感じですね。

 

ちょっと面倒くさいけど、自分の今までの人生を、親しい友人が生きてきたら?と置き換えて考えてみたりすると、身体が少し楽になるのを感じるので、最近やってみるようになりました。

 

親しい人、自分が大好きと思える人に置き換えて、客観的に自分の人生を眺めてみると、自分がどうしたらいいのか答えが見つかります。

 

親しい友人に対してだったら、どんな言葉をかけてあげたいか?

 

「あなたは、じゅうぶんやったよ。頑張ったよ。自分の生活を楽しんでほしい」

 

「あなたの母親がどんな酷いことを言ってきても、あなたは全く悪くないし、母親の問題だから、気にしないでほしい」

 

「距離を置いて、自分の人生を大切にしてほしい」

 

友人にだったら、スラスラ浮かんでくるんですよね。

 

浮かんできた言葉を、同じ感情を感じながら、自分に対して言ってみると、身体の奥から緩んでくるのを感じます。

 

このやり方が、私にはしっくりきてやりやすいな、と最近よくやるようになりました。

 

ぼーっとしてると、自分の気持ちが迷子になりやすいんです。

 

ずっと、母親と主従関係で生きてきた影響は、想像していたより根強いのを感じています。

 

はっきり言って面倒くさい作業です(笑)

 

でも、今の私には必要な作業になっています。

 

とっても生きづらいですが…(弱音)

 

これは、心のリハビリですね。

 

自分の感覚を感じるためのリハビリ。

 

コツコツ取り組んで、いつか、こんな作業をしなくても、自然に感覚をつかめるようになりたいです。

 

ファイト!

 

 

痛い時は「痛い」と言いたい

「大丈夫じゃない!」

 

これは、小学生の時に、いい子で先生に叱られることなど無縁だった私が、思い出す限りたった一度だけ先生に叱られた時の言葉です。

 

休み時間に、大勢の子供達が遊ぶ校庭で歩いていたら、キャッチボールをしている子達の間を知らずに歩いていて、かなりの速度のボールが私のお腹に当たってしまいました。

 

その時の痛みは言葉も出ないほどで、私はその場にうずくまりました。

 

キャッチボールをしていた子が慌てて先生を呼んで来ました。その子は、とても申し訳なさそうな、心配そうな顔をしていました。

 

先生が私のそばに来た時、私は「大丈夫」とうずくまったまま言ったんです。ボールを投げていた子が可哀想という気持ちしかありませんでした。

 

私が「痛い」と言ったら、その子が傷ついてしまう。それしか頭になかったんです。

 

そうしたら、「大丈夫じゃない!どこが痛いか言いなさい」と、怒鳴るように先生に言われて。

 

私は、自分の痛みを、何の遠慮もなしに言うことができない子供でした。

 

そして、それが間違いだということを学校の先生によって初めて気づかされました。

 

せっかく先生に教えてもらったのに、私はその自分の間違いを正すことなどできずに大人になるまで来てしまいましたが…。

 

それでも、先生に真剣に教えてもらったその言葉は、今でも強烈に残っています。

 

自分が痛かったら、「痛い」と言っていい。自分を守るためにも大切なこと。

 

けれど、母との関係では、「痛い」はご法度でした。

 

私は、生理痛がとても重かったんです。

 

母と外出した時、外出先で生理痛が始まり、普通に立っていられなくなりました。

 

駅のホームで、あまりの激痛にしゃがみこむ私に、母は「人が見てる!みっともない!」と鬼の形相で睨みつけていました。

 

確かに、駅のホームでしゃがみこんでいる人がいたら目立つし、皆の視線も集まってしまうと思います。

 

でも、そのしゃがみこんでいる人のそばで優しく介抱している人の姿が目に入ったら、私だったらホッコリした気持ちになるなぁ。

 

睨みつけている人が目に入ったら、気持ちがとっても沈んでしまいます…。

 

人目を気にするより、私はそういう空気感の方が気になります。穏やかな空気が好きだから。

 

根本的に母とは価値観が違うんですよね。

 

友人と学生時代にスケートに行った時のことで、印象に残っている出来事があります。

 

スケートリンクで、二人で滑り始めてしばらくしたら、友人が急に救護室で休んでくると言いました。

 

友人も私と同じで、生理時の体調不良があったようです。

 

1時間くらい休んでいたでしょうか。嬉しそうな顔で「よくなったよ」「せっかく来たのにごめんね」と。

 

その後、また楽しく滑りました^^

 

これが逆の立場だったら、友人のようにサクッと「休んでくる」なんて思いついたか?自分から言い出せたかは自信ないですね。

 

それだけ、一緒にいる人への気遣い優先が癖になっていたからです。

 

友人が何の遠慮もなく「体調が悪い」と言えて休んでいる姿に、「これよ、これ。本来これでいいのよ」と気が楽になったのを覚えています。

 

友人は、私へも「ごめんね」と気遣っていましたが、決して無理はしませんでした。本当に自然体。

 

無理をしない人と一緒にいると、こちらも楽な気持ちになりますね。本当に心地よいです。

 

ふと思い出した二つの出来事ですが、私の心の中で「ほら思い出して」と時々浮上してきます。

 

大切にしたい記憶です。

 

許せないという気持ち

疎遠で、今は年賀状をやりとりするだけとなった母からの年賀状。

 

母の文字を見ると、身体が拒否している感覚がわかります。

 

私、この人のこと、本当に好きじゃないんだなぁ、と実感しています。

 

赤の他人だったら関わっていない人。

 

こちらの心を散々傷つけておいて、1ミリもそんな自覚もなく、自分の非も認めず、何事もなかったかのように年賀状をよこす。

 

親じゃなかったら、とっくの昔にフェードアウトしているなぁ…。

 

私、本当になめられているんだなぁ。

 

私は、子供時代、この人からどんなに酷い態度を取られても、常に「なかったこと」にして即座に水に流し、長年「いい子」をやってきました。

 

その「長年」のツケって大きいです。

 

子供時代は、生きるために仕方なくやっていたことだけれど、母にとっての私のイメージは、子供時代の「いい子の私」で凝り固まっているので、未だに、感情など持っていないと思っているのでしよう。

 

数年前、私が自分の意見を言ったら、攻撃と受け取られて、執拗に激しい感情をぶつけられ疲弊したため、それを機に母とは距離を置くことにしました。

 

その後、何の謝罪もありません。

 

まぁ、私の意見を攻撃と受け取られてしまうってことは、私に酷いことされたと思っているわけですから当たり前ですが…。

 

その後の彼女からの執拗な言葉の暴力は、彼女にとっては全て正当防衛なのでしょうね。まるでストーカーのようで本当にヘトヘトになりました…。

 

私、そういうやり方する人とは二度とお付き合いしたくないんだけどなぁ…。

 

母には、「もうこれ以上、私を失望させないでくれよ」って思う気持ちが心のどこかにあったんですが、もう諦めざるをえませんね。

 

これが、私の母。

 

紛れもなく、世界中でたった一人の母。

 

私は、この人がいなかったらこの世に生まれていなかったのか…。

 

受け入れ難い現実だ…。

 

私は、母のこと、人して嫌いだし、許せません。

 

母なりに愛情は持っていたかもしれないし、もらった愛情も確かにありますが、全体的に一人の人して見て、好きになれません。

 

大変な境遇を生きてきた人だということは、知っています。

 

でも、だからといって、母のことを積極的に理解しようとすることは、正直苦しいです。

 

自分のために、自分の癒しのために、母の境遇を理解しようとすることはあるけれど、母のためにするのは辛い。

 

例えばですが、交通事故で子供を失った人が、事故の加害者の境遇を理解しようとするでしょうか?

 

もし、するとしたら、加害者が、心から謝罪して、償おうとする姿勢を被害者側に見せ続けて、その誠意に気持ちを動かされた時なのではないでしょうか。

 

私は、私の大切な心を、この人の精神の不安定さによってボロボロにされました。故意じゃなかったにしても、それが事実です。

 

それを、何もなかったかのように近づかれると、どうしても嫌悪感が出てしまいます。

 

はぁ。

 

親子関係って、本当に辛い関係ですね。

 

とりあえず、今は、許せないという気持ちが正直な気持ちです。

 

よく、「大変な中、親は育ててくれたんだから」とか世間の人は言いがちですが、子供を育てることって、当たり前の親の仕事だと思うんですよ。

 

子供に対して、「育ててやったんだ」と恩を着せるのは大間違いだと私は思います。

 

子供の側が、親に「よくしてもらった」って思いがあれば、自然に感謝の気持ちは溢れるものだし、そんなに恩を着せるくらいならば、子供を産まなければいいのよ、と思います。

 

私の母などは、母自身が生き延びるのに必死だったため、子供を育てることはキャパを超えた仕事だったため、私への当たりは、それはもうキツいものでした。

 

でも私は、「それはお母さん、あなたの仕事よ」と線を引きたい。大変さには共感するけれど、子供の責任ではないんですから。

 

自分の境界線を守るスキルを上達させたいです。

 

生きるって、苦しいし、悲しいし、つらいですね

小さい頃、母は、よくふざけて怪獣の真似をしました。

 

「がお〜。食べちゃうぞぉ〜」

 

ふざけて怪獣になりきり、私が怖がるのを楽しんでいたようです。

 

「ママに戻ってよぉ。ママに戻ってよぉ」

 

しまいには泣きながら母に訴え、やっと

 

「あらぁ、どうしたの?」

 

と、いつもの母に戻って一件落着。

 

まだまだ小さかった私は、母が怪獣にならなかったことに心底安心したことを思い出します。

 

こんな「おふざけ」は、母がまだ普通の人間だった頃のこと。私にとっても、ただのお遊びとしての記憶です。

 

悲惨な事故が起き、一家に大きな悲しみが降って母が変わってしまってから

 

母は、二度と普通の人間に戻ってはくれないモンスターになりました。

 

カウンセリングを受け、自分の身に起こったことを把握し、感情が少しずつ感じられるようになって。

 

最近、「私、ひょっとして物凄く恐ろしい体験をしていたんじゃないか?」と感じられるようになりました。

 

普通に思ったこと、感じたことを何の遠慮もなく母に言えていた私が、徐々に母が恐ろしくて何も言えなくなりビクビクするようになる…。

 

理由は、母が感情制御不能モンスターになってしまったから。

 

実際、私には子供がいるので、この子がそんな体験をしたら?と想像してみたのですが、無理です(>_<) 胸が張り裂けそうです。

 

ああ、やっぱり。

 

長年、モンスターと暮らしていた後遺症で感覚がマヒしていたので、なかなかリアルに迫ってくることもなかったのですが、そこらのホラー映画どころではないホラーな体験をしていたようです。

 

私、よく壊れずに生きてこれたな…。

 

壮絶に恐ろしくて、壮絶に悲しくて、子供の身にはどれだけの苦痛だったか…。

 

二度と戻らなくなってしまった母を心のどこかで待ちわびて、苦しくて苦しくて。

 

だから、私はよく、母に隠れてこっそりと小さい頃のアルバムを眺めては一人で泣いていたんだ。

 

戻ってよ。この頃のママに戻ってよ、って。

 

感覚のマヒが、氷が溶けるように溶けていっています。

 

子供の頃に感じた大きすぎる悲しみと恐怖を、大人の私が感じています。

 

自分の中で、固く縛られていたものが緩められていって、少しずつ脱力されていっている気分です。

 

生きるって、苦しいし、悲しいし、つらいですね。

 

今、全身全霊、「私は生きている」って感じています。

 

辛さは大きく感じるのですが、「生きている」という感覚がなんだか嬉しくて。

 

辛いけど、嬉しい。変な感じですが、「私が生きて、感じている」という感覚が嬉しいんです。

 

感覚が少しずつ戻ってきて嬉しいです^^

カウンセリング中にパニック発作が起きた時のこと

今でも、そのカウンセリングを思い出すと、胸の締めつけ感や痺れを感じます。

 

その時は、中学の時にいつも一緒にいた子に、ある日突然外された時の出来事を話していました。

 

突然の出来事で呆然として固まっていた私に、クラスメイトの女の子が話しかけてくれた言葉

 

「どうしたの?」

 

この言葉をかけられた時のことを話していたら、呼吸が苦しくなって、身体が痺れ始め、吐きそうになってしまいました。

 

カウンセリング時間が終了するタイミングで症状が出てしまい、それ以上お話しすることはなく、すぐ心療内科の先生が来て下さり、呼吸を手伝って下さいました。

 

今でも、この「どうしたの」を思い出すと苦しくなります。

 

私は、小学4年くらいから、母に自分の本心を言えなくなっていました。

 

それに比例するように、友達にも自分の考えや気持ちを言えなくなり、「自分がない子」になっていきました。

 

小さい頃は、母に甘えられていた私が、心の弱い部分を誰にも見せられず、自分の心を閉ざすようになっていきました。

 

閉塞感。これが苦しかったな…。

 

誰かに甘えたいのに、断絶されてしまった感覚。

 

この傷がだいぶ大きいですね。

 

母との関係で、傷ついたことは山ほどありますが、私の弱い部分を排除されたこと。これが一番辛かった。

 

本当は、友達に「どうしたの?」と言われた時、甘えたかったよ。何も言えず、固まってしまって辛かった。ごめんね。

 

断絶されたこの痛み。

 

辛かった自分を抱きしめよう。

 

 

自分へのケア

道で転んで、膝を擦り剥く。

 

そんな時、水で綺麗に洗って薬をつけ、絆創膏を貼ったりしますよね。

 

そんな当たり前のことを、私は自分にしてあげずに、見て見ぬふりで放置していたんだなぁ。

 

心の傷のことです。

 

母が私にやっていた放置を、私も知らず知らずに自分にやっていた。自分に対して、とっても冷たかった。

 

ふと思い出したことなんですが、小学校低学年の頃、私は、指の爪を噛む癖があったんです。

 

特に意味はなかったと思うんですが、噛むと安心していたのかな?

 

母は、そんな私に一言「やめなさい」と怖い顔で言うだけ。

 

ちょっと子供との関わり方が丁寧じゃないなぁ。

 

私だったら「爪を噛むとどんな気分になるの?」とその子のことを知りたくなるかな。

 

自分の考えだけで決めつけないで、その子が今どんな気分なのかに注目したい。

 

私は、小学校高学年になると、徐々に性格が消極的になり、自分から友達の中に入っていくのが苦手になっていました。

 

担任の先生が、そんな私のことを気にかけて下さり、母に「お子さんが心配です」と声かけして下さったんです。

 

母は「あなた、学校で何してるのよ。私に恥をかかさないでよ」と睨みつけて言いました。

 

ちょっと、あんた。おい、おい、って感じですよね。思い出すたびに、呆れ果てています。

 

小学生だった私は、母にこんな言い方をされて、ものすごく自分を責め、孤独感を強めるばかりでした。誰も私の味方はいないよ>_<って。悲しかったなぁ。

 

母の私への対応は、逆効果もいいところ。傷に塩どころか、唐辛子を擦り込まれた感じでしたね。

 

こんなやり方では、傷は化膿し悪化するばかり。

 

私だったら、「学校は、どう?何か困っていることはある?」と聞いてみたいな。

 

もう二度と、自分のことを野放しにはしたくないです。冷酷な母に、私を触れさせたくない。

 

母に放置されて、治療されてない傷を見つけたら、こんなふうに丁寧に関わっていこう。

 

ゆっくり自分をケアして、痛むところがないか点検してあげたいです。

 

こんな風になれたのも、全ては母の支配下から抜け出て、自分の気持ちに気づけるようになったから。

 

誰かの支配下にいては、人間らしく生きることなどできませんね。

 

あちこち痛む傷はありますが、今は、一人ぼっちじゃない感覚を持ててきたので、悲壮的な気分にはならずにいられるようになりました。自分が「一番の自分の理解者」ですね。

 

半年前くらいに「過食な日々」って記事を書きましたが、そういえば、最近は過食気味になることもなくなりました。気づかぬうちに。

 

本当に、気づかぬうちに、ですね。しゃっくりが知らぬ間に止まっているみたいに。ちょっと前進。嬉しいです。

 

自分の感情に気づくこと

近隣の方の件で、実家族をより一層客観視できたせいか、自分で気づいていなかった感情がまた一つ出てきました。

 

「私の人生は、あの人にかなりグチャグチャにされてきたのか。悔しい

 

まだ、母の支配下から抜けたばかりで、洗脳されていた感覚が残っているせいか、自分の心の奥底にあった気持ちに気づくことに時間がかかります。

 

ストレスから心身を病み、自律神経失調症は持病になってしまいました。あちこちの皮膚がすぐピリピリするんです。これが出ると、なるべく深呼吸をゆっくりとたくさんするようにしていますが、頑固な症状ですね…。

 

過去には、長引く胃痛で胃カメラも数回経験し(胃には異常なし)、数年前などは、全身の関節が痛むという症状が出て、膠原病専門の病院へ行ったり…。

 

この時は、全身性エリテマトーデスの可能性がある、と医師に言われ、経過観察しました。幸い、症状は軽減したのですが、ストレスは避けるようにと言われています。

 

「病は気から」と言いますが、私の場合は「病は毒母から」ですね。

 

人に支配されやすく、「ノー」と言うのが苦手。こういう性質は、病気になって身体が「ノー」と言ってくれるのだそうです。『身体が「ノー」と言うとき』という本を読んで知りました。

 

今まで、様々な身体の不調があったせいか、その辛さによって余計に気づきにくくなっていましたが、心の奥では、「悔しい」と感じていたんだな…。

 

荷下ろし鬱になってから辛い時間でしたが、今までのことをゆっくり振り返っています。ブログを始めたのも、辛い気持ちを言語化したい思いからでした。表現しないと窒息しそうだった。

 

もっと自分の気持ちに気づきたい。

 

「悔しい」という自分の気持ちに気づいた時、安心したんです。

 

ずっと探していた物を見つけ出した感じ。パズルのピースがはまったようなスッキリ感。

 

すごく惨めで嫌な感情なんですが、自分がそういう気持ちを持っていたことに気づけなかったことが、モヤモヤ感につながっていたんだな、と思います。

 

ずっとくすぶっていた不快なモヤモヤ感の正体は、これだったか。

 

どれだけ感情が麻痺していたんだろう。人間としての機能が鈍くなって故障だらけですね。

 

こうやって、ちょっとずつ、ちょっとずつ、母にとっての「いい子」から抜けていけるんでしょうね。

 

「いい子」は、人に理不尽なことをされたって「悔しい」なんて思わないですからね。何でもない顔を装ってしまう。そして、抑圧された感情によって、知らぬ間に身体はどんどん蝕まれていく。

 

もう、そんな自分を抑え込むような生き方、疲れました。

 

「悔しい」という気持ちが湧いてきた時、生きるエネルギーも同時に出てきたんです。心の仕組みって深いなぁ。感情ってエネルギーなんですね。

 

「悔しい。このままじゃ終われない。私が浮かばれない」

 

この気持ち、大事にしよう。